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弓立社(ゆだちしゃ)

 2011年10月13日付で出版社をもらった。「もらった」というと怪訝な顔をされるかもしれないが、社会科学系の本から文藝物、サブカルチャーなど広い分野の出版を手掛けてこられた宮下和夫さんが弓立社をたたむ決意をされた。7月の初め、突然電話で「小俣さん、いりませんか」と尋ねてこられた。「・・・・・」あまりのことに声が出なくて、15秒から20秒くらい沈黙があって、すぐに「戴きます」と応えていた。この間引き継ぎのための打ち合わせを1回、そして13日に引き継ぎを完了した。

 弓立社は40年の伝統がある出版社で、吉本隆明さんの著作やビデオテープ、DVD、CDなどを出されている。大学1年生の冬に当時出版されたばかりの『敗北の構造ー吉本隆明講演集』を読んで、とくに吉本さんが「あとがき」に書かれた文章を読んで、すっかり宮下和夫さんのファンになってしまった。

 <この講演集は、弓立社を創設した宮下和夫氏の執念の産物のようなものである。わたしに迷惑や患わしさを感じさせまいとして、気をつかって、隠れるようにしながら、テープ・レコーダーを肩から下げてどこへでもでかけ、かれの手で録音し、また、かれの足で探しだした記録が、ほとんど、全てである。その労力は、言葉を絶するといってよい。けれど、もっと辛かったのは、その間の心的な体験だったかもしれない。あるときは主催者から、うさん臭気な眼でみられ、あるときは吉本エピゴーネンなどと陰口をたたかれ、もっとひどい場合、吉本をだしにして、物心ともに寄っかかって商売をはじめようとしているなどと悪評された。わたしのほうでも同様だ。あいつは、とりまきに担がれていい気になっているという批評は、いつも宮下氏のような存在とこみにして蛆のように沸きあがった。しかし、わたしは、かれらを嘲笑するだけだ。ためしに、わたしの著作やお喋言りから、良きをとり悪しきを捨てて摂取するとか、影響をうけたなどというだけで、宮下氏のような労力を払えるかどうかやってみるがよい。また、じぶんの著書は、できるだけジャーナリズムに高く売りつけたい著作家などに、わたしがやっていることが、できるかどうか試してみるがよい。かれらには、宮下氏のような存在や、わたしなどの根柢にある<放棄>の構造が判るはずがないのだ。ちょっとしたオルガナイザー気取の男たちの存在などは、底の底までお見徹しで、どうってことはないが、宮下氏のような存在には、黙ってだまされてもよいとおもっている。(以下略)>

 さて宮下さんの志を受け継いで、どう運営していくのか。ジャーナリズムを学生に教え、自分で執筆してジャーナリズムを実践し、今度は自らジャーナリズムを書籍という形でプロデュースし、発信していく。3足の草鞋だ。小学3年生でジャーナリズムに目覚め、24歳でプロのジャーナリストになり、58歳でジャーナリズムを若い世代に伝える側に立ち、60歳を前にして、また新たな挑戦である。4足目の草鞋である社団法人「ゆかり協会」の登記も完了した。<放棄>すべきものは放棄した。あとは、面白い人生を送るだけだ、棺桶に入るまで。(10月14日)

コメント

  1. 高橋正和 (山口県宇部市) より:

    小俣君 御無沙汰しています、高橋です。弓立社を継承され、社長になられたとのこと、まずは何より、お祝い申しあげます。また先だっては、新刊「原寿夫自選 デスク日記」を御恵送にあづかりありがとうございました。貴君のジャーナリズム魂が迸り出るようなこの度の刊行と思いましたが、人生の決断と生き方に、定年を前にして縮減状態の小生は、ガツンと怯惰(キョウダのダの字が出ません)なところを叩かれる思いがしました。ブログも初めて拝見しました。八面六臂の、まさに阿修羅のごとき日々の活動に驚いております。弓立社の本は、吉本氏ほかに、小室氏、渡辺京二氏など大変ユニークな方々の著作を出版されており、愛読いたしておりました。何か些少なりともご支援の真似事でもできないかと思っております。弓立社のご発展と、貴君の御活躍を祈っております。

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