みんながやっているというブログなるもの、自分も書いてみようかと思い立ったのが、この2月2日のことだった。50代最後の年を迎えて、何か新しいことを始めようというのがそもそものきっかけだ。それに、昨年、講義の必要から凡そ30年ぶりに読んだ『ピープス氏の秘められた日記』(岩波新書)の影響もある。学生時代に読んだ鶴見俊輔さんの『ジャーナリズムの思想』(「現代日本思想体系」筑摩書房、1965)の中に登場してくるピープス氏がどんな人なのか、その日記はどんなものなのか興味を持ったものの、そのままにしていた。ところが記者になって5方面記者クラブ(池袋警察署にあって、豊島・練馬・北・板橋・文京の各区役所と警察や消防署などその管内を担当)にいたころ、何かの話からピープス氏が話題になり、A日新聞のT信さんにこの新書の存在を教えてもらい、池袋駅西口にあった芳林堂で買い求めた。

  鶴見さんの本にピープスが登場するのは、「ジャーナリズム」とは何かを説明していく最初の部分だ。そこでは、「ジャーナリズム」には、はじめ「ジャーナル」という言葉が隠れていて、それはもともとラテン語で「一日の」という「ディウルヌス」という形容詞で、そこから日刊の官報を意味する「ディウルナ」という使われ方をしたとか、英語でも最初は毎日つけられる記録はすべて「ジャーナル」と呼ばれるようになったというようなことが書いてあった。だから公のことを記録するローマ時代(BC59)の官報「アクタ・ディウルナ」も17世紀イギリスのピープスの日記も、「ジャーナル」なのだと説いていた。ジャーナリズムの起源を「日々の記録」に求めるならば、「日々」とは言えないまでも、概ね日々の雑記を『現代ジャーナリズム研究室』のひと隅に掲載してみようかな・・・と思いついた。

  ここでは、日々のスケジュールや出来事を記録する、これまでシステムダイアリー(1977年以来愛用している手帳)に書き込んできた「備忘録」とはまた違った、「・・・考」的なものを綴ってみようと思っている。とはいえ、掲載の仕方は、当面学生諸君に頼らざるを得ず、「日乗」とは名ばかりと笑われるかもしれないが、気ままに過ぎゆく日々の中で考えたことを残していきたい。

  読者はもちろん、都市大生を念頭に置いているので、連絡事項的なものも多々含まれるだろうし、書籍などでも註が多くて読み辛いかもしれないがその点はご寛恕願いたい。

(註)『サミュエル・ピープスの日記』は国文社から刊行されている。本学図書館には1巻・3巻

7巻のみある。

(2011年3月3日)

サミュエル・ピープスの日記〈第9巻〉1668年