どうしても見たい映画があり、午前9時40分の初回の部を目指して出かける準備をしていたが、N協会時代の先輩O方徹さんと久しぶりに電話で話しているうちに、気がつくと9時を過ぎていた。いかん。明日に延期することにした。見たいのは、1950年代のパリを舞台にしたタイピストの物語、題名もズバリ「タイピスト!」だ。先週たまたまテレビで宣伝しているのを見て、フランス映画好きとしては、外せないと思った。

日延べした理由のもうひとつに、机の下の大きなダンボール箱から大量のスクラップが出てきたこともある。先日半日かけて整理していたが、どうも少ないような気がしていた。やっぱり!というわけだ。高校野球を見ながら、記事の仕分けをしているうちに昼過ぎになった。

自転車で白楽駅前の「味奈登庵蕎麦」に行き、「海鮮かき揚げ丼」をご飯3分の1にしてもらって食べる。糖尿病の悲しいところで、炭水化物はご法度。気休めかも知れないが、さらに3分の1ご飯は残す。ここの「海鮮かき揚げ」はおみやげにしてもいいほど美味いが、やはり目の前で揚げたてを食べるのが一番だ。2日前から食べたいと思っていたのだが、わざわざ来ても15分足らずで食べ終わってしまう。ちょっと淋しい。

ソファーで高校野球の続きを見ているうちに、ついついうつらうつらしていると大歓声。前橋育英が9回2アウト、ランナー無しから同点に追いついたところだ。高校野球は波瀾万丈で好い。スクラップの整理はつづく。

午後5時前に出かける。赤坂の「もゝ」が、今日から再開。というのも店主のK枝さんが交通事故にあって長く休んでいたからだ。午後6時のオープンというので、定刻主義者の私は、ぴったり開店時間に到着。ところが、ナント、何との難破船〜、もう2人先客がいた。

遅れること10分で、K枝さんの息子的存在のフリーライターT井君が顔を出した。先月怪我をした翌日に、彼とB藝春秋の編集者たちといっしょに四谷の「万作」で飲んでから、ほぼ1ヶ月だ。彼の「K泉進次郎同行記」が今発売中の『S潮45』に掲載されている。この雑誌、M重編集長になってから抜群に面白い。編集長の手腕というのは、雑誌を生き返らせる。K談社も早くS木哲さんとW瀬さんの力で、『月刊G代』を復刊させられないものだろうかとふと思う。S木章ちゃんが編集長をやると売れる雑誌になりそうな気がするが。

K談社といえばI井ちゃんにもしばらく会っていない。それに高知から帰った日にT橋明男ちゃんから谷雅志さんが亡くなったことを聞き、その際「葬儀の日程はあとでメールします」と言われていた。ところがいまは、「sakagamiryou」のメールアドレスを使っていないことを伝えるのをすっかり忘れていた。たまたま今日1ヶ月、いや2ヶ月ぶりくらいに古いパソコンを立ち上げて、膨大な量のメールの中に明男ちゃんからのも発見、すでに遅かった。それだけ「坂上遼」は開店休業なんだと深く反省する。谷さんと会ったのは25年ほど昔だ。おそらくゴールデン街だったような気がする。「現代産業情報」の石原俊介さんに紹介されたのではなかったか。

T井ちゃんとは、ついつい業界話で盛り上がる。この間にも、続々来客がある一方で、次々に客が帰る。久しぶりにK枝ちゃんに会って興奮したため、私の声がうるさかったのかな?と気にする。K枝さんは、顔は元気そうだが、どうも足元はおぼつかないようで気になった。午後8時からは、若い女の子たちが応援に入るという。老人はお呼びでなさそうなので、「K枝ちゃん、助っ人が来るまで、あと1時間頑張れ!! 」と言って早々に引き上げる。

帰りに大倉山の「ほうろく屋」に顔を出す。H本さんとY二君が来ていて、その間に割り込んでいっしょに飲む。H本さんのタバコと私のつまみの蛸と交換、いや無理やり替えてもらった。たまに吸うタバコは美味い。2本も吸ってしまった。ダルマイカがぷりぷりしていて、ほんのり甘く抜群に好い味だった。帰りに「北海道からさっき届いたばかりだから」とトウモロコシを戴く。前回はマスターが自分で漬け込んだ梅干しをもらったが、貴重品と云っていいほど奥深い味わいで、一日3個、いまはもったいないので1個限定で食べている。

午後10時前に帰ると娘が、「世界陸上」のビデオを見ながら、まだ晩ご飯を食べている。家人は疲れたと早々に寝たらしい。鬼のいぬ間というわけだ。娘のお陰で、これまで未知というか、箱根駅伝以外はまったく興味がなかった陸上競技の世界に、私も家人も少しずつ惹かれている。

インターネットで、アマゾンでの『デスク日記』の売れ具合を確かめる。いまや朝起きてからと夜眠る前にチェックするのが日課になっている。マスコミ勤務やフリーランスだけで6万人の労働者がいると言われている業界だが、良い本でも、固い本は売れんなぁ〜。まぁ本が出ていることを知らない人が多いのかもしれない。宣伝費がないので新聞広告を打てない弱みもある。コツコツ地道にやっていくしかないな。

去年の今頃は、五島列島で夏休みを過ごしていた。というのも娘のメモが、何故か私の机の横の本棚にあり、こう書いてある。「8月21日 お父さんが、寿司を食べられなくてぐずった。父曰く『五島の寿司は美味いんですか?食べたのはうどんだけなので分かりません』」。そうそう、五島の寿司屋に何度も出かけたのに、いつも閉まっていて、「五島うどん」ばかり食べていたから、愚痴を言っていたのだ。こんなことメモしてるのか・・・。可笑しい。このあと9月にYさんといっしょに北京に行ったんだな。薄煕来の話で持ちきりだったが、今月22日には公判が始まるという。月日の経つのは、ほんとうに早い。

こうした他愛もない雑文を書き続けて、これが500回。実際はブログ管理者が初代から2代目のS木誠也くんに代わった時、「何本かは消滅してしまいました」と言っていたから、すでに500回は超えているんだろう。当初は、昔からの仲間や同級生、郷里の友人宛の近況報告を兼ねていたが、新規読者が2万人、のべ数は14万近くを数えたところで、“身内の通信”の域をこえてしまった。先月「週刊B春」のK玉也一ちゃんと飲んだとき「ブログを読んでいると、プライバシーが無いんじゃないですか?」と訊かれ、「まぁ3〜40%は公開しているかな」と笑った。それだけに私を知らない人が読んでも面白くも何とも無いだろうが・・・。

みなさん、こんな戯れ文に長い間お付き合い下さり、ありがとうございました。秋からは研究論文やノンフィクションなど執筆活動のほうで、忙しくなりそうです。今度お会いするのは、新作の「あとがき」で、と密かに思っています。60前後の友人諸兄姉、お互いに身体をいたわりながら、限られた日々を愉しく過ごしたいものですね。ぜひ『ゆかり協会』にもご参加ください。(8月20日)