このところ毎日のように娘が家人から叱られている。いや、いた。理由は、「何をするにも心が入っていない」ことにある。「玄関に靴を脱ぎ捨てないで」「制服はハンガーにかけなさい」「洗濯物とり込んでくれてないじゃないの」「自分のものくらい、折りたたみなさい」「テーブルを拭いたらお箸を出して」「自分の分のお箸だけじゃなくてみんなのも」と言われてからしか実行しない。数えあげたらキリがない。最後の締めは「あなたの『はい』は、心が入っていない」だ。

まだまだ子どもなんだからと思うが、家人は厳しい。というより、娘がだらしない。確かに私が、「学校へ行く時、玄関の下駄箱の上の手紙、出しておいてね」と頼んでも「は〜い」とは云うものの、そのまま。心が空である。気がつくと一日中叱られていることがあって、なんとなく家中がギスギスする。

そこで私が名づけたあだ名が「空海」。「名僧は心を空にして、悟りを開いくところを、K香さんは、すでに心はカラだ」という意味で、最近ちょいちょい使っている。これだと険悪な空気にならない。笑いながら少しは気を使うようになった。最初は、批判に耳を傾けない、毛が生えた心臓と安倍晋三をかけて「しんぞう(晋三)」にしようかと思ったが、これではリアルすぎて笑いが取れないので止めた。「おい空海、2階から着替え取ってきて・・・」「は〜い」と今のところ上手く行っている。

学生の叱り方も難しい。すでに大人だし、でも給料を払っているわけではなく、逆に授業料を出してもらっているという発想に立てば、頭ごなしに叱るわけにもいかず、どうして納得させるか。特段の方法があるわけじゃないが、授業中喋っている学生については、「デートの約束なら外でやって、終わったら戻って来い・・・」ということにしている。パソコンで遊んでいる学生には、「また彼女とメールのやり取りか?」と本の背表紙で頭をコツンとやるくらいだ。

200人以上の教室になると、これが限度で、集中させるには、「ここは試験に出すかもしれない」と言う。すると急に静になる。だから連発するのだが、あとでどのところで言ったのか自分がわからなくなる。まぁどこも範囲だから構わないのだが。

4年生で、授業に1回も来ないで、レポートも指定図書の感想文も新聞のコラム筆写も提出したことのない学生が、「期末試験を受けていないので、再試験かレポートにして下さい」と言ってきたから、さすがにお断りした。私は0×100=0、1×100=100 を例にとって、いかに「姿勢を見せるか」が重要だと常々言ってある。つまり1回でも授業に出るか、レポートやコラムを出すと出さないとでは、評価の際に大違いだと言ってある。まったく授業に出ていないのだから、それすら聞いていないわけで、まぁ如何ともし難いな。

ゼミ生のレポートは、とにかく良い所を探す。そこから、意味不明のところについて言及するようにしているが、良い所がない場合はどうするのか。おざなりレポートの場合、褒めようがないから、これもまた苦労する。だが書いてくる学生はまだいい。レポートすら提出しない学生はどうするのか。テレビT京で毎朝再放送している中村吉右衛門の『斬り捨て御免』でいいのか。こんなことを書くのは、前期の評価点の締め切りが22日に迫っているからだ。すでに採点済みだが、1教科2単位とはいえ、取得単位数の少ない学生は、「大丈夫かいな」とついつい気になる。

日曜日だったので、朝9時からプールに出かけた。入り口の自動ドアが開かない。職員に「右の扉から入って下さい」と言われ、「なぜ ?」とムッとする。「いや今日もコンサートがあるんですよ」「じぇじぇじぇ。また東方神起?」「そうなんですよ」 そうか2夜連続なのか。それで来る途中、スーツケースをガラガラ引きながらウロウロしているおばちゃんが目についたのか、納得。12時過ぎに帰る途中、すでに新横浜駅周辺にはそれらしい小集団と「KTM」だったか「MKT」だったか忘れたが、黒や赤のTシャツを着た集団も徘徊していた。こちらは横浜アリーナだな。とにかく新横浜は女性軍団の巡礼地のようだ。

ここ1週間、朝晩めっきり涼しくなって、秋の気配を感じさせる。授業開始まであと1ヶ月ちょっと。後期授業のレジュメを作り始めた。なんといっても『現代』が頭につく授業が多いので(後期は1つだけだが)、新聞のスクラップが役に立つ。娘は社会の宿題「新聞記事から学ぶ」で、「朝鮮戦争休戦60周年」をテーマに、シコシコスクラップしては、ノートに要点を書いている。

私はエジプトのムスリム同盟と治安部隊の衝突の記事だ。平和な日本、この平和はアジアの人々の犠牲の上に成り立っていることを意識しながら、永遠に新しい戦間期(戦争と戦争の間、元々は第1次大戦終結から第2次大戦勃発までのおよそ20年間を指す。これをなぞって、世界大戦のない1945年9月〜今日を私が勝手に“新戦間期”と言っているだけだ。冷戦を『ロング・ピース(長い平和)』と表現した本もある)が、続いて欲しいと願う。やはり子どもがいたり、子どもを教えていたりすると「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンは、説得力があると思う。ついつい語り、いや書き過ぎてしまった。(8月19日)