早朝から学生の作文の添削を終え、BSで『あまちゃん』を見ながら朝食をとる。コーヒーを飲みながら書斎で午後からプレスセンターで行われるインタビューの準備をする。あっという間に時間が過ぎてゆく。クロネコヤマトが、大きなダンボール箱を運んできた。F木ちゃんからスイカが3個届いた。彼はいま千葉の鴨川で菜園を趣味にしていて、「この夏スイカが13個出来たから送るよ」と昨日電話があったばかりだ。冷蔵庫の中を整理してやっと1個だけ入れる。

午前10時過ぎ、家人が勤務で不在とあって、娘は“鬼のいぬ間のランニング”に出かける。午後1番でS台予備校津田沼校舎の授業があるのになかなか帰って来ない。やっと戻るとシャワーを浴びて出てきた途端「いっしょに行こう」というので、私も家を出る。私は駅前で別れて、郵便局で学生たちに送る添削済みの作文とコピーした『カンカラ作文術』を郵送する。

電車の中でiPhoneに届いたメールを見ているとS聞協会のY澤さんから「会いたい」との連絡が入っている。グッドタイミング。プレスセンター横の富国生命ビル地下2階にある「築地」で、海鮮丼を食べる。途中12時45分になると「はぁ〜い、今から丼500円」とこの店の弁当売りの声が店内まで聞こえる。「じぇじぇ、私は1200円で食べているのに・・・」と思わないでもないが、「弁当とは違うだろう」と思い直す。

午後1時丁度にプレスセンター7階にある「S聞協会」に顔を出す。受付の女性が驚く顔が可笑しい。半ズボンにTシャツ、その上に麻のシャツ、「海人」のキャップ姿だから、「なんや、この爺さん?」と言いたげだ。Y澤さんは不在で、なんのこっちゃ。その足でA日新聞社へ。午後3時半までインタビュー。ふたたびS聞協会へ。今度はいた。2人の女性編集部員と4人で11月の企画について話し合う。「ちょっと15分くらい」とA日新聞のM山さんには言っておいたのだが、小1時間かかってしまう。

まだ4時半だが、M山さんと2人で新橋の「ビアライゼ」に顔を出す。久しぶりだ。N協会放送文化研究所以来だから、5年ぶりくらいだろうか。午後5時前だというのに、もう客がいっぱいだ。その忙しい中を、あまりに久しぶりなので、マスターの光平さんとY下さん?(私より少し若い女性、10年来の知り合い、といっても客としてだが)が、わざわざテーブルまで出てきて挨拶され、恐縮してしまう。この店は、日本一美味いビールとメンチカツを食べさせる店としてビール好きの間では超有名店だ。

M山さんもメンチカツにご満悦で、それぞれビール3杯と焼酎1杯ずつを飲んで、昔話に花が咲く。というか、当時の事件を振り返って、その奥にあった真相について語り合う。まぁよく知っているし、沢山の人に会っている。私など足元にも及ばないと改めて敬服する。3日間、長いインタビューだったが、M山さんと語り合うのは、実に愉しい。「もしSZやんのことがなかったら、A日新聞でいっしょに仕事をしていたはずだったなぁ」といつも思う。

娘から「早く帰ってきてね」と言われていたので、6時過ぎに引き上げる。M山さんも孫ができてからは、ほぼ毎日のように娘のFちゃんの家に顔を出している様子。「どれくらい離れているんですか?」と訊くと「徒歩12分」と刻んだ時間でいうところがM山さんらしい。妙蓮寺駅前で15分余り娘を待った上で、いっしょに帰る。今月いっぱいは津田沼通いだという。往復の3時間だけでも無駄なような気がするのだが、「英語の単語を覚えているか、寝溜めしているからいいんだよ」という。そういうものなのか。

「夕食はいらない」と言っておいたので、私は自分用に買った「崎陽軒のしゅうまい」をつまみに、お中元でもらった「北雪」の純米大吟醸を飲む。純米酒が一番好きなのだが、大吟醸も美味い。(8月17日)